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自然妊娠で帝王切開して、出産のときに子宮腺筋症がわかったこと

たしかに、トラブルの多い妊娠期間だった。


たしかに、「なんかみんなと違うなぁ。」とは思ってた妊娠期間だった。





だけど、初めての妊娠で、すっごく嬉しくて、

これが私にとっての初めての妊娠だから☺☺って思いながら、毎日をなんとなーく幸せに過ごしてたら、



帝王切開のときに、私が子宮腺筋症で、そもそもの妊娠率、出産率がかなり低いことがわかった。




自然妊娠で帝王切開して、出産のときに子宮腺筋症がわかったこと(~妊活開始)

28歳で同い年の旦那と結婚して、


29歳で妊活をしてみると、


生理は毎月30日周期で来てるのに、基礎体温に低温期しかなくて、排卵検査薬が反応しない。




だから、私が不妊治療ために婦人科に通院したのは、妊活から3ヶ月後でかなり早かった。と思う。






そもそも、初潮が高1で遅いし、


生理痛も有り得なく痛い(痛みで倒れるほど)から、婦人科にも何回か通院してて、エコーもしてたから、


婦人科って、そんなに抵抗あるものじゃなかった。



私の生理痛の原因、

いろんな先生からはずっと、「3センチの卵巣嚢腫はあるけど、子宮の問題もないし、体質かな。」と聞いていて、



ロキソニンとか、カロナールの鎮痛剤を貰ってた。



ピルの話がでたこともあったけど、私が不整脈もちだから断ってた。






不妊治療でホルモン異常の排卵障害を診断。子宮の問題はなし。体外授精までするも妊娠せず。

基礎体温に低温期しかないこと、

排卵検査薬が反応しないこと。



この2つを理由に受診した不妊治療の病院(不妊治療専門病院)


排卵障害はすぐに治った。




私の排卵障害の原因は、


卵胞は育つのに、排卵のためのE2(エストラジオール)が出ないことが原因だったので、



排卵誘発剤のhcg注射をうつだけで排卵できるようになった☺☺



副作用の頭痛と腹痛はあったけど、2~3日で収まる程度だから我慢してた。




排卵障害が治ると、先生から、



排卵障害の妻側の不妊は治療できたけど、旦那側の乏精子症は薬の治療よりも不妊治療のステップアップが効果的。


と言われ、



(旦那は中度乏精子症)



タイミング法3回



人工授精6回



体外授精と同時の顕微授精1回、移植1回



これだけ行ってみたけど、


いつもフライングで検査するものの、妊娠検査薬が反応したことはなく、着床したことも1度もなかった。




そして、私は不妊治療の薬の副作用で卵巣出血になり、入院もした。





夫婦だけの生活、里親になる生活も良いんじゃない?


と夫婦で相談して、



積極的な不妊治療は1年で辞めることにした。







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排卵障害のために飲んだ温経湯だけで自然妊娠したこと。

「副作用で苦しんだし、積極的な不妊治療はもうしない。だけど、チャンスがあるならほしい。」



そう思って地元の婦人科にいくと、保険適用の温経湯の漢方を処方してくれた。



それが私には効果てきめん。



たしかに、私はもともと漢方が効きやすい体質だけど、飲んだ周期から、



不妊治療をしていたよりも綺麗な基礎体温をつくり、排卵も毎月できるようになった。



それから5ヶ月後、かかりつけの内科に「過労」で受診すると、



※なんだか分からないけど体調が悪すぎる時期だった


「過労も、不妊も、貧血が関係してるんじゃない?」



と、私に増血剤の鉄剤注射を毎週打ってくれた。



体調が整い、私の貧血が改善(改善どころか正常値の良いところまで回復した。)した、増血剤注射の翌月、



温経湯と、増血剤を使っている周期、


自己タイミングでの自然妊娠ができた。






分娩先は大学病院。この選択が出産のときに大きく意味を持った。


「地元の友達がみんな行ってる産院で産もう!☺ 」


このときの私は31歳。



結婚から3年目での自然妊娠に不安もあるけど、なによりも嬉しかった。



地元で人気の産院に電話すると、、、




「循環器の手術歴のある方はここでは分娩できません。循環器と産婦人科がある総合病院での分娩をおすすめします。」




と、丁寧に先生が説明して、断ってくれた。




そこで私は、


不妊治療のときの卵巣出血のときに救急搬送されて入院した大学病院に受診することにした。





重い悪阻、20週からの胎児の小ささ、頭の脈絡そう嚢胞

たしかに、トラブルだらけの妊娠生活だった。



妊娠期間を通しての吐きつわり。


20wから明らかだった胎児の小ささ。



いつも胎児発育曲線の下のあたりだった。




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「私が悪阻で食べられないからかな。」


先生によく相談してた。


先生は、


「食べられるときに、食べられるものを、食べられるだけ、食べたら良いよ☺。」



「それに、たしかに赤ちゃんは小さいけど、凄く元気だから。☺」



何人かの先生に診てもらったけど、つくづく先生や助産師さんに恵まれて、精神的に安定した妊娠生活を送れてた。





しかし、妊娠20wのとき、胎児の頭に脈絡そう嚢胞がみつかった。



頭の両側、ともに1センチ超え、かなりの大きさ。




「両側にあると、嚢胞のほかにも赤ちゃんに問題がある可能性があるんだ。」


先生がそう言って、しっかりエコーで見てくれて異常なし。



それでも不安そうにしてしまう私に、



「赤ちゃんは凄く元気だし、僕がみたところ異常はない。」



そう伝えて、先生は同じ医大にいる胎児エコー専門医にもエコーを依頼してくれた。



胎児エコー専門の先生からは、


「嚢胞はもう消えているし、赤ちゃんは元気。小さいのは個性で、生まれるときもちょっと小さいかも。」




脈絡そう嚢胞が1つのサインになる18トリソミーを心配していた私に、先生は教えてくれた。



この先生にも、出産のときまでお世話になった。







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妊娠32週での胎児発育不全疑い。37週での妊娠高血圧

妊娠32週で赤ちゃんの体重増加が止まり胎児発育不全疑いを診断。



けど、そのころに逆子が頭位になるなどを繰り返していて、誤差もでやすく経過観察。



検診回数を増やして、成長が止まっているわけではないから。と様子見になった。





妊娠37週になると、検診のときは120/70くらいだけど、


自宅で突然、強い吐き気とともに血圧が150にいくときがでてきた。



妊娠高血圧症候群を診断。



これは妊娠38週後半で落ち着いたけど、また産後に起きて薬でコントロールしている。





妊娠40週予定日超過、胎児発育不全による誘発分娩入院開始。陣痛誘発剤が効かない

妊娠40週


予定日超過するも、赤ちゃんはぜんぜん降りてこない。



「逆子の期間も長かったからね。」と先生と話しつつ、




私の自宅から病院が遠いこと、



胎児発育不全により、

週数さえ稼いで臓器を成熟させれば、外で大きく育てるほうが良いこと



この理由で、妊娠40週2日目。出産予定日の2日後から、陣痛誘発剤による自然分娩誘発を行うことになった。





入院して、陣痛誘発剤のオキシトシンとバルーンを使う日々。



喘息持ちの私はオキシトシンの陣痛誘発剤しか使えないから、時間がかかるかも。とは先生から説明を事前に受けての入院だった。




陣痛誘発剤は、マックス量を投与されると、


ゼリー飲料しか飲めず、寝たきりになるほどの激痛に襲われるらしい。




が、、、、。




たしかに痛かったけど、


私の場合はマックス量を投与されながら、YouTubeを見つつスクワットをして、


マックス量を投与されながら、


「今日も陣痛は来なかったなー。」と思いながら病室の掃除までできた。





いつも温和な先生が、陣痛誘発剤マックス投与の時間帯に私の病室に来るたび、


私のピンピンした姿に、唖然とした表情を隠せてなかったので、



「私って、先生が思うよりも陣痛誘発剤が効かないんだろうな。」



と察した。






陣痛誘発剤4日目



誘発剤の最中に胎児心拍が落ちた。




「大学病院だから、緊急時はいつでも緊急帝王切開で出せる。いまは自然分娩を目指せる。」


と言う先生に、



「元気なうちに、切って欲しい。」



と私は懇願した。




先生は、陣痛誘発剤が予想より効いてないことも勘案して、


私に軟産道強靭症疑いという仮の病名をつけて、翌日の帝王切開を提案してくれて、それを私は承諾した。





妊娠41週3日


予定日を10日超過した日の帝王切開だった。




回旋異常による自然分娩不可と、判明した子宮腺筋症

「大学病院でのほかの手術の合間にいれるから、手術時間は午後の何時になるか分からない。」



そう先生に聞いていたから、その日の私は、絶食指示もあるし、朝から寝ていた。





「あと15分後にオペ室へ。」



駆け足で先生が病室に伝えにきてくれたその時も、寝ていて、先生に起こされた形だったから、


体調もよく、かなりリラックスした気持ちでの帝王切開だった。



帝王切開の麻酔もスムーズに効いて、かなり私の体調は帝王切開の最中も安定していた。





だけど、




帝王切開の手術にあたった3人の先生は、とにかく術中に驚いてた。



下からは分娩ができないほどの胎児の回旋異常



私の子宮の臓器自体に、子宮腺筋症の病巣と正常部位が混ざりあっている


子宮腺筋症が判明したことによる帝王切開中の諸検査の必要性






私はいままで、子宮腺筋症を診断されたことはないので、私も、先生たちも子宮腺筋症の想定はもちろんしていない。



先生が複数いる、昼間の時間帯の帝王切開が功を奏した。



後日、術後診察として受診した麻酔科の先生からも、


私の臓器を押しながら赤ちゃんを出す帝王切開で、難しい帝王切開だったことを聞いた。



帝王切開の最中に、予期せぬ子宮腺筋症が判明したのだから、先生たちが困惑したのは、当たり前だと思う。






赤ちゃんは元気。胎児発育不全の原因は子宮腺筋症

帝王切開の術中、赤ちゃんはお腹からでると、


「オギャーー」と大きな声で泣いてくれた。




すごくすごく嬉しくて、術中に泣いて、助産師さんが連れてきてくれたから、術中に赤ちゃんのほっぺたにも触った。





けど、なにかがおかしかった。



入院中、先に分娩していく病室の人達に、先生たちが代わる代わる、「おめでとうございます。」と言っているのに、



助産師さんは「おめでとうございます。」と言ってくれるけれど、先生からは一言もなかった。







帝王切開は母子とも健康に、無事に終了。




帝王切開が終わった私に、帝王切開をしてくれた主治医が1番最初に話した言葉は、



「生理痛は、重かったですか?」



だった。





「・・・重かったです。」


とちょっと笑って伝えてから、私は、



「私の帝王切開、難しかったんですか? あとで、教えてください。」




と伝えた。




まだ、私には子宮腺筋症のことを知らされていない。






退院2日前。帝王切開での子宮腺筋症判明を聞いた。

退院2日前、帝王切開の術中に子宮腺筋症がわかったことを先生が静かに教えてくれた。



肥大した子宮


病巣と正常部位が混じった状態


子宮腺筋症


恐らく、初期の胎盤形成がうまくいかなかったことによる胎児発育不全



陣痛誘発剤が効かなかった原因もこれ


そもそも、出産できたことがすごい確率で、先生も見た事のない分娩例


むしろ、この状態で着床し、妊娠できたことすら低確率のなかの出来事。








41週の妊娠期間を一緒に過ごして、やっと会えた我が子とすごす3日目の夜に、



「母体の病気による胎児発育不全」を伝えなければいけない先生は、本当に伝えにくかったと思う






赤ちゃんは元気で、2500gはあるけど、母体に病気がある。





これを丁寧に伝えてくれて、とても感謝して、



だけど、産後3日目に自らの病気と向き合うには、赤ちゃんの存在が嬉しいのに、この宣告は残酷だった。






産後10日目。正直、子宮腺筋症のことをまだよく分かってない


生理痛が重いことが原因で、満足な仕事ができないことで悩んでいる私。



退院するときに、先生には、産後にここで治療したいことを伝えてあり、ピルでの治療になることを教えて貰っている。





産後10日目の今日の私には、子宮腺筋症のことをまだよく分かってない。




けど、たぶん、私と赤ちゃんはこの病院じゃないと分娩が危なかったのだろうし、



先生の言う通り、赤ちゃんは41週2500gで小さいけれど、外で充分元気に育ってる。




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このことがとても嬉しいし、



この子と仲良く過ごすためにも、私も健康でいようと思う。